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セーク村のターンツハーズ(ダンスパーティ〉
投稿日 2018年9月19日 17:09:00 (未分類)
ベルタランの日、
午後はカトリック教会のミサへ参加することに決めていた。
すでに教会の鐘が高らかに鳴り響いていた。
遅れないように小高い丘を駆け上がっていると、
珍しくセーケイの縞模様のスカートが目に入った。
「セーケイ地方のものね。どこから?」と尋ねると、
「カルツファルヴァのものよ。セントドモコシュの隣よ。」
ハルギタ県のものだ。
セーク村にどうしてセーケイの衣装を着た女性がいるのだろう。
興味を惹かれて、尋ねてみると、
「私は半分はセーク出身よ。」という曖昧な返事を得て、教会の前で別れた。
これがマリとの出会いだった。
教会のミサを終えて、家に帰ると、
旦那を誘って、知り合いになったおばあさんを訪ねに行った。
そこでも、先ほどのセーケイの服の女性と出くわした。
「おばさん。」と彼女はジュジおばあさんを呼んでいた。
そこで、マリはセーク出身だが、
セーケイ地方で結婚し、村で教師をしていることを知った。
私たちが村に家を持つことを知った彼女は、
「あなたたちをがっかりさせたくないのだけれど、
この村で子どもを育てないほうがいいわ。」と思いもよらない忠告をしてくれたのだった。
セークの民は勤勉で、清潔好きであるけれども、
金持ち至上主義で、常に相手の値踏みをするのだという。
逆にセーケイ地方では、人々はぶっきらぼうで、
よそ者をすぐには受け入れないが、困ったことがあれば親身になってくれる。
それは彼女自身の体験による言葉なのだ。
「夜に、村でターンツハーズ(ダンスパーティ)があるんですって。
よかったら、いっしょに行きましょう。」
思いもよらない誘いに、喜んで承諾した。
夜9時に我が家に誘いに来てくれるとのことだった。
30分ほど過ぎたので、都合が悪くなったのだと合点して、ひとりで家を出た。
もう少しで、会場のペンションに着くところで後ろから車が止まった。
セーケイの縞のスカートをはいた、マリだった。
村でも著名人のミシェルというオランダ人男性が、主催するターンツハーズ。
セークの女性と結婚して、村に移住したという。
村の伝統生活を取り戻そうと、さまざまなイベントを企画している。
会場には、ハンガリーの観光客の他にも、たくさんの村人たちが来ていた。
納屋のドアが開放してあり、中は赤赤と灯りが灯っている。
ヴァイオリンやビオラの音色がこぼれてくる。
ダンスから漂ってくる何とも言えない熱気がこちらにも伝わってくる。
昔から、チプケ(トゲ)通りではここがターンツハーズの会場だったという。
ジュジおばあさんとも出会い、角のベンチに腰を下ろした。
「あなたはどこから来たの?」
何度ともなく聞かれる質問に、
「セーケイ地方に住んでいるけれど、セークに家を買います。」と答える。
すると、「どこに?いくらで買った?」と返事がくる。
村に家をもつ、それだけで村人たちの受け入れ方が違う。
「半分はセーク人よ。」と冗談交じりでいうのだが、そんな気分になる。
楽団の演奏がはじまると、ぱっと空気が華やかになる。
ふと、マリが席をたち、「私も行くわ。」と、
ペアの男性とともに踊りに加わった。
セークでは80年代まで、ターンツハーズが定期的に行われていた。
やがて、だんだんと機会が減ってなくなった。
当時は誰も、交流の機会がなくなってしまうと思わなかったという。
彼女が村で学生だったときは、誰もが民俗衣装を着ていた。
そして、冬の手仕事フォノー(糸紡ぎの家)もあり、
嫁入り道具も自分の手ですべて作った。
私より10歳年上のマリは、「村の美しい文化生活を経験できた」最後の世代だったという。
お隣のおじいさんに誘われて、
「私も行くわ。」と87歳のジュジおばあさんも席を立った。
緩やかなステップがつづき、やがて、突然速いテンポに変わる。
骨身に染みついたリズムは、決して忘れることはないのだ。
やがて、音楽が高調するにしたがって、
ダンスも熱気を帯びてくる。
人生の最も美しい瞬間を凝縮して見たような、不思議な時間だった。
お年寄りの話にだけ聞いていたおとぎ話の世界が、
時代を遡って目の前にひらけた、夢のような一夜。
ジュジおばあさんも帰り、人がまばらになってきた後も、
マリとふたりで外で話しをした。
「私の母親は踊りよりも、歌が上手で・・・。
カッロ―シュ・ゾルターンも通って収集したの。CDにもなっている。」
そのCDはちょうど、夏に村で何かを聞きたいと思い、
博物館で購入して、この夏何度となく聴いていた。
「CDの表紙になっているの。あなたね!」
仲睦まじそうな親子、母親に寄り添う、少女がマリだった。
村で一番の優等生だったマリは、その後、
クルージ・ナポカの大学で物理とルーマニア語を専攻し、
セーケイ地方の男性と結婚し、
セーケイ地方へ移住して、現在も村の中学校で教師をしている。
「私はセーク村人であることが嫌で、村を出た。
でも町に行って、衣装を捨てても、
私はセーク人であることに変わりなかった。」
「村の否定的な部分を沢山わかっているし、好きでないけれど、
私はセーク出身者であることに変わりないし、やはり村が恋しくなるの。」
「私が教師になって村に帰ってきたとき、
母はどれだけ給料がもらえるのか知って、がっかりしたようだったわ。
ここでは知的職業につく人はほとんどいなくて、
男性は建設業、女性は掃除婦と決まっているから。
皮肉なことに、村人たちのほうがよっぽどお金持ちなのよ。」
気が付くと12時が近かった。
ガラスの靴を落としたシンデレラのような気持ちで、
夢が覚めたように席をたち、家路に向かった。
その日のセークのターンツハーズより
*マリさんは、この10月に阪急うめだのイベントで来阪されます。
10/18~22日の5日間、
セークの刺しゅうのデモンストレーションを行う予定です。
Source: トランシルヴァニアへの扉 – Erdely kapuja-
Source: 東欧あんてな
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